歴史の中にある「くらし」を垣間見せてくれる作品

ある人に勧められて購入したのが「城下の人―石光真清の手記 1 (中公文庫)(全四巻)」である。 日露戦争の前に、ロシア情報収集の必要性を感じてロシアに渡り、その後、大正末期まで数度にわたりロシア情報を収集し続けた人物だ。 以前にも「秘境西域八年の潜行 抄 (中公文庫BIBLIO)」という日中戦争時に満州、モンゴル、チベットに潜入した外務省関係者の話を読んだことがある。 石光氏のばあいには、それよりもずっと前、1868年のうまれで、西南戦争を幼い頃に経験している。話もちょうどその頃から本人の体験が語られはじめ、おもしろくなってくる。 日露戦争以前に、朝鮮北部からロシアにかけての地域に住み、暮らしていた日本人がたくさんいたことに何よりおどろく。そして、その人々と交流しながら、地域に根を張っていく活動をしていく。 一方、日露戦争後は、諜報活動というよりも、現地における外交事務所のような役割を果たし、その代表としての役割を果たす。なんとなくここでは、氏の活動は精彩を欠き、鬱屈した感じも文章から伝わってくる。 個人の力が生かせる時代(日露戦争以前)から、外交問題にロシア・中国の国境地帯の問題が変わっていったということもかも知れない。 ちなみに、石光氏は事業を育てることにかけては、とても不幸なようで、なんども事業に失敗しては借金を抱える。 最終的にはなんとか返せているから不思議なのだが、それでも、事業の失敗による借金というのは莫大なものだ。 当時の精神的なストレスは相当なものであったことは想像できる。 事業に関しては、本人の能力の問題というよりも、事業が軌道に乗りかけたところで軍の仕事が忙しくなり、大事なところをきちんと見ることができないためであるとも考えられる。 この辺り、新規事業を始めようという人にとっては大切な教訓にもなる。 氏は国のため、軍のためと思って、現場に身を投じて行動しているのだが、旧知の人々以外の、後方にいる軍関係者の扱いは軽い。 現場の情報は欲しいが、現地で感じた印象は不要とでも言うかのように、必要とする支援が得られない。 その中で、氏は四巻のタイトルにもあるように、「誰のために・・・」という気になっていってしまう。 組織が大きくなると、現場と意思決定者の距離が長くなる。 インターネット(当時は手紙と電報)で情報は得ているから・・・などといわずに、現場に足を運び、自分の目でものごとを見ることがあれば、現場でがんばる人のモチベーションを台無しにすることなどないのに、と感じる。 氏が成長していく過程を描いた、一・二巻は、おもしろすぎて、一気に読める。 三巻は、前半が日露戦争の体験記なのですごくおもしろい。これと合わせて、坂の上の雲なんて読んでいると、あと何冊かは日露戦争関係が読みたい!なんてことになるかも。 三巻の後半は、再起をかけて再びロシアに渡り・・・という話だが、氏の報われない奮闘がなんだかもどかしい。 四巻は、ロシア革命直後の話で、時代も暗く、氏もなんとなく内省的なふんいきが強いので、読むのがつらい。 と、巻を進むにつれて、重くなってくるので、三巻の前半まで読めば、まずはよいだろう。 残りは、暇に任せて読むのもいいが、とりあえず寝かせておいて、50代になって読めば、おそらく感じることは全然違う。