金融機関には無限責任が必要だ

2009年3月29日付けの日経新聞の「経済論壇から」というコーナーに、東京大学の松井彰彦教授が現在の金融危機に対するコメントが掲載されていた。 簡単にまとめると、現在の金融危機を処理するためには、不良債権の大きさがよく分かっていないことが問題だ。ただ、現在起こっている金融危機を見て、規制強化の議論をしても意味がない、むしろ市場が投資会社のリスク評価できる仕組みを確立することが大切だ。そしてなにより、市場参加者のモラルを育成しなければならない。というような論考だ。 すっきりした分析で、現状の問題をとても分かりやすく解説してくれているので、一読をおすすめする。 さてそこで、ちょっと考えるのだが、最後の「モラル」は本当に育成できるのかという問題だ。 性善説と性悪説のどちらかに立つかという問題だが、金融・投資業界に対しては、性悪説に立つべきだと僕は考える。 金融・投資業界というのは、人のリスクに対して投資するもので、本来は相手のことをよく考えてくれる人にしか業界に参加する資格はなかったはずである。現代でもエンジェルと呼ばれる人や社会起業に投資する様な人はそういう側面が強いだろう。 それが今は、銀行や投資会社に就職して、ある程度の地位になりさえすれば、投融資の判断をおこなうことができる。そこで考えられるのは、いかに自分の成績を上げることか、である。 特に日本の金融機関はがちがちに担保を取っているので、ほとんどリスクに対して投資している側面は低い。 銀行員の甘言にのせられたり、今後のつきあいを良好に保つためには・・・と思って、つい無理な借金をしてしまった中小企業は世の中に数多ある。 その結果は、少し業績が悪化したときにすべて持っていってしまう「貸しはがしだ」。 もともとが100%ビジネスベースで貸していないのに、返せなくなったら「うちも商売なんで」と貸しはがす。 (おっと、ちょっと個人的な恨み節が入ってしまった) 一方で、サブプライムローンなどの投資に失敗してつぶれそうになったら、公的資金の導入を求めるが、自分たちのリストラはしない。 投入した公的資金は、当然国民の税金だ。 投入された公的資金を100%返すまでは、収益を上げられていないのだから、自分たちの給料は半分とかになってもしょうがないはずなのに、それはしない。 結局は、自分たちの手はまったく汚さずに、自分たちの経営判断のミスを国民につけ回しているだけの業界だ。 彼らにモラルを求めるのは無理というものではないだろうか。 むしろ、銀行などに入社して一定レベル以上の地位になったら、「無限責任」のパートナーになることを義務づけることはどうだろうか。 そして、公的資金導入は、無限責任社員の資産を全部吐き出したあとに行う、あるいは、資産を担保に国が公的資金を貸し付けるという形だ。 こうすることで、好景気に出た多額のボーナスや配当で潤った人々が、不況の時にはその分のツケをきっちりと払うようになる。 一方で、不況時のことを考慮すると、あまり無理なことはできないので、好況時の行動も抑制的なものになる。 おそらくこういう抑制的な仕組みを金融業に導入することで、好不況の波が小さくなるはずだ。 少なくとも今のように、好況時にもらった給料は自分のもの、不況時の損失は、国民や中小企業が負うもの、という仕組みはどう考えてもおかしい。