再生と活性化:田舎と商店街

研究を始めてからずっと僕に流れるテーマが、地域の活性化。商店街のみんなに相談される度に逆に問い返していた質問が「あなたが言っている活性化ってつまり何ですか?お金が儲かればそれでいいんですか?」ってこと。 多くの人が一瞬びっくりした顔をして、「あはは、難しい問題ですよねえ。」と笑ってごまかしてしまいます。 僕は、「お金が欲しければ、全部イオンに売っちゃえばいいんですよ。中途半端に残すんじゃなくて、全部まとめて売ればきっと買ってくれますよ」って付け加えることにしています。 実はこれ、農村地域の活性化についても同じです。 「あなたたちが欲しかったのは、このきれいな道路なんですか?」 こういう問いが僕の中では少しずつ広がって、現在の研究テーマである、「豊かさの評価」につながっています。 商店街も、田舎も、普通の人の生活も同じです。 みんな「今よりもよく」って思っているんだけど、「よく」っていうのがどういう意味かをよく考えていないんですよね。 だから、活性化施策がやってきて実施されても、「なんか違う気がする・・・」って思うんでしょう。 さて、最近、この問題にさらに新しい切り口が必要なことに気づきました。 よくよく考えてみたら、「地域を活性化する」ことと、「今その地域にいる人たちの豊かさ」は必ずしもつながらないんですね。 特に商店街だと、シャッター通りといいながら、シャッターの裏側には、人がちゃんと住んでる。シャッターを開ければ、昔の店が残っているんだけど、もう商売はやっていない。 それを貸してくれって頼んで回るのが、空き店舗活用事業ですね。 でも、なかなか貸してくれない。 彼らは何を考えているんだろう。なぜ、自分たちの住んでいる地域が衰退していこうとしているときに、自分の生活を優先しているんでしょう。 僕も昔はそれが当然に思えていました。 でも、商店街は人が商売をしながら住むことに意味があります。 店を閉めて、自分の生活だけの場にしてしまえば、そこからどんどん商店街が衰退していきます。 田舎でも同じです。 僕の友人の住む福岡県のとある村。 住みたいっていう人はたくさんいるのに、家を貸してもらえない。たぶん、そこにずっと住んでも家を売ってもらうなんてもっての他なんでしょう。 「彼らがきてくれて地域が元気になった」 なんていいながら、実際には外から来た人に非常に肩身の狭い思い、「いつ出て行ってくれと言われるかわからない。長くは住めないんだろうな」という思いをさせています。 ほんとうに地域を元気にしたければ、まず自分たちが持っていることを放棄すること、ここから始める必要がある気がします。 とても厳しく、つらいことを言っているのは分かっています。 でも、自分の行動が地域を衰退させているんだって思うことの方が、20年後、この地域はもうないんだって思うことの方がつらい、そんな気がします。