農業の維持に、農水省が所得補償制度

それにしても、こういう改革が農政のドンである山中貞則氏の死去から半年。農政に大きな転換が訪れようとしているのは、偶然ではないのかもしれません。 ちょうど1月にある離島を訪れて、農業関係者と話していたら、「山中さんがいなくなったら、我々の生活はどうなるか、結構不安なんですよね」という声を聞きました。その後、1ヶ月もしないうちに亡くなってしまったときは本当に驚きました。 新しく検討されているのは、農家を対象とした所得補償で、農業を営んでいる家はそれだけで一定のお金がもらえるという制度です。簡単に言えば、国から給料が払われるようなものですね。 この制度、実はEUではかなりメジャーな制度です。向こうではこの制度もあって農業製品が非常に安いのではないかと考えられます。 今回の案では、コメの生産に対しては補助をしないということになっていますが、これはコメについては関税で保護するからという理由です。 しかし、WTOでもその前身のガットでもコメに対する高関税は米国の猛烈な攻撃を受けており、果たしてこれを守るだけの算段がどの程度あるのだろうという疑問は残ります。 いずれにしても、コメを所得補償から排除するかどうかという問題は、農業に対する所得補償の目的に関わる問題です。現在の文脈では食糧自給率を上げるために農家の所得を維持するというのが目的のようです。 すなわち、各農産物の生産量に対して補償を行うということでしょう。 これは、事実上、農産物に関税をかけるのと大して変わらない行為で、各国から批判を浴びるのではないでしょうか。 ただ、この考え方が通るのならば、それはそれで良いのですが、もう一つの所得補償の考え方もあります。 それは、デカップリングと呼ばれている政策で、農業が保全している土地、環境に対する支払いを行うというものです。 以前読んだ農水省の役人たちが書いた本には、中山間部の農地に対する直接支払いに関する調査結果が掲載されており、環境保全を中心とした所得補償に対して、農水省の方々が非常に肯定的に捉えているような印象を受けました。 しかし、今回の提案は、農地のかなりの面積を占めるコメに対しては補助を行わないとなると、この制度で保全される農地面積も限られたものになります。 また、所得補償の額によっては、コメから他の作物への転換を進めることになり、気づいたらコメの自給率も下がっていたという結果にもなります。 これに対して、農家に対する所得補償は、農業が保全している環境に補助する考え方であれば、適切に維持されている農地の用途を農家が自由に決定することが出来るため、農業生産のインセンティブも高まるはずです。 また、補助金を受けている農地のあぜ道を、一定のルールを守った上で散策可能にすれば、現在農水省が推進しているグリーンツーリズムの一つの要素にもなり得ます。 農地に対する補助が一律では都合が悪いというのであれば、無農薬、減農薬農業など、生物多様性が豊かな農地を維持している農家に対する補償額を引き上げるようにすれば良いでしょう。 そうすれば、有機野菜を作ることが手間ばかりかかって収入は少ないという問題も改善されるはずです。 ポイントは、生産物に対する補償ではなくて、土地に対する支払いこそが重要だということです。簡単な話、我々は野菜でも何でも食料に対して必要な対価は払っているつもりです。それが競争が厳しくて安すぎるというのなら、市場から撤退するなり、企業努力でコスト引き下げをする、あるいは何らかの工夫で販売価格を引き上げる努力をするべきです。この点は、農業も他の工業製品も変わらないはずです。 それでも農業に対する補助が受け入れられるのは、農業が他の産業と違って、日本の国土の豊かさを保全し、次世代につなぐ役割をしてくれているからでしょう。 これらの財源は公共事業費を削減して充てると言いますが、賛成です。 この点については、またおもしろいレポートでもあれば紹介するつもりです。 さてさて、これから出てくる様々な改革、山中さんはどう評価されるのでしょうね。 農家への所得補償、コメを対象外に 「農政新指針」案 農業再生をどう進める? <足元の選択 04参院選:2> 農業情報研究所